みなさん、こんにちは。64歳のプログラマーです。
大学院の医科学研究室を目指すと決めてから、私は一冊の分厚い教科書を手に入れました。バイオの世界では知らない人はいない名著、『エッセンシャル細胞生物学』です。
何しろ私はバイオ未履修のプログラマー。最初は「お医者さんや生物学者の難解な本だろう」と身構えてページをめくったのですが……驚きました。
そこに書かれていたのは、医学の呪文ではなく、「極限まで洗練された、とんでもなく精巧なコンピュータシステム」の仕様書だったのです。
1. 細胞は「自律型のナノ工場(CPU)」である
本を読んで最初に衝撃を受けたのは、私たちの身体を作っている一つひとつの「細胞」の動きです。
細胞の中では、数え切れないほどの物質が、まるでベルトコンベアに乗せられたように正確に運ばれ、加工され、エネルギーに変換されています。
しかも、誰かが外から命令しているわけではなく、あらかじめ組み込まれたプログラム(DNA)に従って、自律的に動いているのです。
プログラミングで言うなら、「無数のオブジェクトが、お互いにメッセージを送り合いながら完璧に同期して動いている状態」です。この超並列処理をわずか数マイクロメートルの世界で行っているなんて、どんなスーパーコンピュータも足元に及びません。
2. DNAは「ハードディスク」、RNAは「メインメモリ」
『エッセンシャル細胞生物学』の核心である「セントラルドグマ(遺伝情報が伝わる基本原則)」のページを読んだとき、私は思わず「あ、これ知ってる!」と膝を打ちました。
本に書かれている仕組みをプログラマーの言葉に翻訳すると、こうなります。
- DNA(遺伝子):
絶対に書き換わってはいけない、生命のすべての設計図が保存された「読み出し専用のハードディスク(ROM)」。 - mRNA(メッセンジャーRNA):
DNAから必要な設計図の一部だけを一時的にコピー(ロード)する「メインメモリ(RAM)」。 - リボソーム(タンパク質を作る工場):
メモリにロードされた指示(コード)を一行ずつ読み込んで実行し、実際の形(タンパク質)にする「CPUのコンパイラ(実行環境)」。
「人間の身体って、OS(オペレーティングシステム)そのものじゃないか!」
そう気づいた瞬間から、あれほど難しく見えた生物学の教科書が、一気に「面白いシステムのソースコード解説書」に変わりました。
3. 教科書の厚みは「人類のデバッグの歴史」
それにしても、この『エッセンシャル細胞生物学』は本当に分厚く、重たい本です。
なぜこんなに厚いのか。それは、人間の身体というシステムが、バグ(病気)を防ぐために「何重ものバックアップ機能」や「エラーチェック機能」を備えているからです。その精緻な仕組みを解き明かしてきた人類の努力が、この厚みに詰まっています。
派遣プログラマーとして日々コードのバグと格闘している私ですが、この本を開くたびに、生命という「完璧なシステム」を作った大自然のプログラミング能力に圧倒されます。
この偉大なシステムで起きている「がん」という名のバグを、ITの力でどう修正できるのか。『エッセンシャル細胞生物学』を片手に、64歳の勉強はさらに熱を帯びていきそうです。


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